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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2387号 判決 1963年2月27日

控訴人 大平護謨株式会社

被控訴人 国

訴訟代理人 河津圭一 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

当裁判所は、当審における証拠調の結果を斟酌し、さらに審究した結果、次の点を付加、訂正するほかは、原判決の理由に説明するところと同一の理由によつて、控訴人の本訴請求は失当であると判断したので、ここに右理由の説明を引用する。

一、控訴人は、大東亜戦争完遂のために行われた本訴物件の搬出について、終戦後に売買契約が成立するいわれはないと主張している。しかし、原判決の理由に説明するとおり、右戦争中代金額の点を除いて売買契約の話合が略々まとまりその完結を予期して既に本訴物件の引取が完了していたのであるから、その後において、戦争中であると終戦後であるとを問わず、売買代金を定めて売買契約を完結するのは極めて当然のことであつて売買の主たる動機が戦争目的の完遂に在つたとしても、戦争が終了した以上売買契約を成立させるいわれはないという控訴人の主張は全く理由がない。また、契約書において、契約の日を終戦の時期以前に遡らせたからといつて、終戦後に成立した売買契約の成立を妨げるものでないし、代金を定めて売買契約が完全に成立した以上、控訴人はさきに被控訴人が為した目的物件の搬出を承認したものと認めるのが相当である。従つて、終戦後に本件売買契約が成立したという事実の認定に不合理な点はない。

二、成立に争のない乙第四号証の二、三乙第五号証の二によれば、昭和二十一年五月三十一日本件売買代金四百一万円について臨時資金調整法施行令第九条の六前段の規定により債主を控訴人借入金額を四百一万円とする政府特殊借入金が設定せられたことが認められる。控訴人は、被控訴人が企業整備資金措置法によつて、本件代金について政府特殊借入金を設定したのは違法であると主張しているのであるが、右説明のとおり本件政府特殊借入金は同法によるものではないから、右主張は採用の余地がない。もつとも、被控訴人は右借入金の設定について、前記第九条の六によると述べているほかに、企業整備資金措置法をもその根拠とするものであるように述べていたけれども、当審においてこれを改めている(昭和三十七年六月十五日付準備書面参照)。

なお、本件のように、売買の目的物件が既に戦争中引取られている以上、たといその代金額が終戦後に決定せられた場合においても、臨時資金調整法施行令に基き、売買代金として支払うべき金員を政府特殊借入金として設定することは、代金が終戦前に決定せられていた場合と同様、これを違法とするなんらの理由がない。そして、政府特殊借入金となつた右代金が現実に支払われなかつたのは、戦時補償特別措置法によつて課税の対象となつて、その債権金額が消滅したためであるから(この点は三に説明する)、右代金が現実に支払われなかつたから本件売買契約を解除するという控訴人の主張は採用することができない。

三、成立に争のない乙第一号証の一、二第四号証の三第九号証(原本の存在と成立も)によれば、前記のように本件代金が政府特殊借入金とせられたので、被控訴人はその頃その旨を控訴人に通知し、かつ、政府特殊借入金証書を交付する旨をも通知したのであるが、証書交付請求前に戦時補償特別措置法第二条によつて、右借入金は戦時補償特別税として課税せられることとなり、かつ、同法第十四条第一項による申告がなかつたため全額が同税として徴収せられることとなり、右債権は消滅したことが認められる。従つて本件政府特殊借入金の設定が許されないものであり、かつ、控訴人宛の借入通知書が送達されなかつたのであるから売買代金が支払われたとは認められないという控訴人の主張はこれを採るをえない。なお、仮に本件代金を政府特殊借入金とすることが違法であるとしても、もともと本件代金は戦時補償特別措置法第一条第一項第二号後段によつて戦時補償特別税として課税の対象となるものであるから、右課税を以て無効であるとはいえないわけである。そして、以上のように政府特殊借入金が設定せられたことが本件売買契約の成立を推認させるものであることは、原判決の理由に説明するとおりである。

四、終戦後に成立した契約について終戦前である昭和二十年七月二十八日付の契約書を作成することが事実と一致しないことはもちろんであるし、仮にこのようなことが艦政本部の契約主任官の権限外かつ違法の行為であるとしても、後日艦政本部において同契約の成立に同意した以上(このことは原判決の認定する事実によつて明らかである)、右契約がなんらの効力を生じないとはいえないのであつて、少くとも原判決の認定するとおりの契約の成立を妨げるものでない。

五、当審証人井狩甫の証言中以上の認定に反する部分は採用するをえないし、同橋本豊次の証言によつては右認定を左右するに足りない。

よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当で本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担について民事訴訟法第九十五条第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 元岡道雄 渡部保夫)

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